『保守主義とは何か』(宇野重規・中公新書)を読んでみて。

 そういえばこないだ、中公新書から発売されたばかりの『保守主義とは何か』という本を読みました。著したのは、政治哲学や政治思想が専門で、東京大学社会科学研究所教授の宇野重規先生です。

 

 かの有名な、エドマンド・バークから始まったといわれる保守主義。近年、国際環境の激変や、我が国の政治の右傾化などから、なにかと話題を集める保守主義ですが、意外とその概要について知らない人が多いのではないでしょうか。

 

 きっとそれは、日本を取り巻く政治状況の特異性によるのではないでしょうか。

 

 説明するまでもありませんが、日本における保守主義というものは、非常にあいまいです。保守を自認する人々の中には、大東亜戦争(太平洋戦争)を是とする勢力や、はたまた戦後の秩序を認めアメリカとの同盟関係を絶対視する勢力などがあります。

 

 どの時点における保守なのか、主語を明記すれば以上の問題の多くを落ち着くように思えます。たとえば、「戦後保守」のように。

 

 この本でも紹介されている、福田恒存は「私の生き方ないし考へ方の根本は保守的であるが、自分を保守主義者とは考へない」と述べています。この主張は、実は多くの日本人から共感を得ることができるのではないでしょうか。

 

 革命的な変革は望まないが、漸進的な改革を望む人々が多いからこそ、3.11以後も原発政策の基本的な維持を掲げる政党を支持したことなどは、その現れではないでしょうか。

 

 この保守的(というか、のんびりしたよう)な態度は、島国である日本では大切な態度でありましょう。基本的に国外に出ることが難しかった私たちは、急激な変革よりも個人が我慢し協調することで公共の秩序を維持してきました。

 

 私はこの日本人の基本的な態度が好きです。そういう意味では私もれっきとした「保守的人物」と言えるのでしょう。

 

 しかしながら、問題を先送りし、責任を不明確にすることが多い現代の日本社会には、大きな疑念と失望を覚えずにいられません。

民意

 6月24日に行われた英国のEU離脱の是非を問う国民投票。僅差で離脱支持派が勝利しましたが、早くも結果を後悔する声が上がっているようです。

 

 多くの専門家が、僅差でEUに残留することを予想していたにもかかわらず、離脱という結果になってしまいました。

 英国社会に渦巻いていた不満は、専門家の予想を裏切ることとなり、民主主義の恐ろしさを垣間見たような気がしました。

同時に、エリート主導で進められてきた欧州統合に対する大衆の反逆でもありました。

 

民主主義で決めたことはすべて正しい。私たちは義務教育や高校の授業でこう学びました。しかし、これは民主主義が必ずしも最適解を導きだすことを保証したものではなく、権力を行使する条件として、すべての有権者に、選択する機会を与えることは正しいということでした。

 

「なぜ、私たちの生活は安定しないのか」

「こんなにも頑張っているのに、なぜ報われないのか」

「雇用が奪われたのは移民や難民のせいだ」

 

 このような声が、英国やEUのみならず、世界中から聞こえるような気がします。当たり前のことですが、就職率の低下や景気の悪化は、国民の生存に直結しております。景気の悪化は様々な要因によるものですが、外部からの流入者がいなければ自分たちの雇用は守られたという言説に、ある程度の説得力はあるかもしれません。少なくとも明らかなのは、他者に思いをはせるほどの余裕を失っていることです。

 

 職業政治家に対する信用と権威の低下は、代議制への信用も失墜させることになりました。

 自らの生存のために、自らの行く末を決めることのできる政治を取り戻そう。その結果、たどり着いた国民投票であり住民投票なのです。

 

 日本でも、憲法改正を推し進めたい、一部の政治家の間で、「最終的には国民投票で決めるのだからよいのだ」という主張がなされています。たしかにそのとおりと言えます。しかし多くの国民は、憲法の専門家ではなく、普段、政治に関心のない人々なのです。素人に重機を用いた作業を行わせる危険性は誰でもわかることです。

 

 民意がすべて正しいのでしょうか?

 

 民意を背景に間違った選択が行われたことは多くあります。民主主義に代わりうる、新たな統治体制が存在しない以上、私たちは民主主義が少しでも、正常に機能することを望むしかありません。

EU(欧州連合)は官僚主導か

 昨日に引き続き、本日も英国(イギリス)国民投票に関して考えたいと思います。

 

 そもそも欧州統合は、ヨーロッパのエリート主導の統合と呼ばれてきました。

 

 二度にわたる世界大戦は、ヨーロッパのみならず、世界中に混乱と災厄をもたらしました。とりわけドイツとフランスの間に生じた亀裂は、根深いものでした。

 ドイツの拡大主義が二度の世界大戦をもたらした責任は避けることができず、ヨーロッパの中でドイツを管理し復興させることが重視されました。

 

 実は欧州統合の試みは、第二次世界大戦以前から存在しました。クーデンホーフ=カレルギー伯爵(1894‐1972)が1923年に出版した『パン・ヨーロッパ』はその走りと言えるのではないでしょうか。

フランス首相のブリアンは、パン・ヨーロッパ運動の栄誉総裁に推戴され、自身も国際連盟総会で「欧州連邦秩序構想」の演説を行いました。「欧州連邦」の実現もそう遠からぬ日のことと思われましたが、ブリアンのよき理解者であったドイツ外相シュトレーゼマンが死去。さらに世界大恐慌の影響から列強はブロック経済化を推し進め、ヒトラーの登場から第二次世界大戦への突入は不可避となり、欧州統合の道のりは閉ざされてしまいました。

 

 戦後、ヨーロッパの復興は緊急の課題でした。同時に、大戦を通じて超大国となったアメリカとソビエト連邦の陰に隠れてしまったヨーロッパにとって、国際社会における存在価値の低下から、抜け出す必要がありました。

 

 欧州統合は経済官僚出身のモネなど、フランスの技術官僚主導の下で行われました。またEUには選挙で選ぶことのできる欧州議会はありますが、EU法案の提出権がなく、EUの政策決定に果たせる役割は限られたものでした。代わりに、欧州委員会にはEU法案提出権があり、EUにおける政策決定に大きな影響力を持ってきました。これは、日本でいう内閣のみに法案提出権があることと同じと言えます。決定的な違いは、議院内閣制の下では、閣僚の大半が選挙で選ばれた国会議員ですが、欧州委員会の場合、各国政府の推薦を受けた人物が選ばれ、後に欧州議会の承認を受けることになっています。

 

EU加盟国の国民には、欧州議会議員の選挙権がありますから、必ずしも、全てにおいて官僚主義の連合というわけではありません。しかし民衆の間では反官僚・反エリート主義が広がっているのか、欧州懐疑派やナショナリスト、極右政党の伸長が著しく、英国の国民投票で動き出した熱はしばらく収まることはないでしょう。

英国(イギリス)のEU離脱国民投票

 6月24日、英国において、EUからの離脱に関する国民投票が行われました。事前の予想では、多くの専門家が僅差で残留することを予想しておりましたが、結果はすでにご存じのとおり、僅差で「離脱」ということになりました。

 残留支持は48.1%、投票率は72.2%と誤差の範囲も考えられるような結果であり、離脱が大きな支持を受けているとは言えない結果となりました。

 

 

 注目すべきは、世代別の投票結果です。18歳から49歳までの若者・中堅層は残留支持派が多数です。ところが、50歳以降になると離脱支持派が多数になっております。

 離脱支持の中でも最も「leave」を投じた65歳以上の層は、英国がECに加盟した1973年の時に10代でした。いわば、思春期以降の人生を、「ヨーロッパの中の英国」として過ごしてきた層になります。

 一方、残留を支持した20代前後は、生まれる前から「ヨーロッパの中の英国」で過ごしてきました。一見すると人生の大半を、「ヨーロッパの中の英国」で過ごしてきた両者に大きな違いはないように思います。

 ではいったい何がこの両者の間に亀裂をもたらしたのでしょうか。

 経済学や政治学の知識が乏しい私が思い出したのは、「鉄の女」ことマーガレット・サッチャー(保守党)の存在でした。

 

 

 サッチャーは、1979年に労働党から政権を奪取、その後10年以上の長期政権を維持した英国の女性政治家です。

 当初、保守党の幹部たちは本格政権までの繋ぎとして、サッチャーを選びました。労働党政権の下でストライキが頻発し、1979年5月の総選挙は敵失で勝利したようなものでした。しかし、1982年の「フォークランド紛争」を契機に「社会主義との戦い」や「妥協しない政治」をかかげ、「偉大な英国」を体現したような政治家として成長していきました。

 今回の国民投票で離脱を強烈に支持していた層には、このサッチャー時代に青年期を過ごしている世代が多いのではないかと思います。

 

 

 サッチャーはEC領域内の市場自由化に強く賛成していましたが、人の移動自由化には反対していました。今回の離脱支持派の大きな主張として、増え続ける難民や移民への不満がありました。自分が職に就けないのは大陸からやってくる移民や中東からの難民に雇用が奪われている。EUから離脱し、かつての「偉大な英国」を取り戻さなければ、と…。

 

 

 サッチャーを現実の存在としてとらえていた世代にとっては、彼女は英雄であると同時に、英国王室を別格としながらも「英国の象徴」でありました。しかし、もっとも残留支持が多かった18歳‐24歳の若者にとって、彼女は歴史上の人物であり、新自由主義と格差拡大の元凶で尊敬すべき対象ではなかったのかもしれません。

 

 

 思い出というものはだいたい美化されるものです。国民投票という熱狂の下で、英国の人々はミラージュ(幻)を見せられた。これが現実ではないでしょうか。

 

 今後の流れは不透明なことが多く、どうなることかわかりません。

 離脱を支持していない若者たちは、今後の人生の多くを、ヨーロッパから距離をおいた英国の中で過ごさなければなりません。離脱を支持した世代は自分たちより先に、「かつての栄光」を胸に抱いて亡くなっていく。この、やり場のない新たな不満をどのように和らげていくのか。また、国民投票によって生じた亀裂を、どのように修復していくのか。今後もしばらくは英国から目を離すことができません。

はじめまして。

 いつもいつも、考えていることがあります。

それを表現したり表明する場というものは、なかなかないものです。

 

 以前にも、何度かblogを開設したことがありましたが、長続きしませんでした。

きっと、本当に書きたいものや、表現したいものが無かったのでしょう。

 

 最近、就職活動を進める中で、悩んだり考えたりすることが増えました。

自らの人生をこれからどのように決めていくのか…。

悩んでも悩んでも、なかなか結論は出ないものです。

 この苦しみというものは、いわば生みの苦しみのようなもので、悩みぬいた先に良い結果があるのではないかと思います。

 

 私たちは常々、「結果や結論を出せる人物が政治家にふさわしい」という論を受け入れています。しかし、そもそも政治家を選ぶ立場である私たちは、結果や結論を出すことができているかというとそうではないと思います。それは多くの人々の悩みや苦しみというものが、そうそう簡単なものでないからです。

 もちろん先のような論がまかり通るのは、「権力を持つ者としての責任の重さ」を意味してるということもあるのでしょう。

 

 何が言いたいのか、いまいちわからなくなってきました笑。

 

 いささかこみいった話になってきましたが、このblogでは、その時々に疑問に思ったことや考えていることを記していきたいと思います。

 

ではまた。