ただ投票率が上がれば良いのか。

 一日中雨雲に覆われた昨日とはうってかわって、今日はよく晴れた日となりました。

 昨日は夕方までアルバイトだったのですが、22時からアルバイト先のみなさんとお酒を飲み始めて、朝の4時まで飲み続けてました。おかげで寝坊と二日酔いに苦しみましたが、親しい人と交わす杯はかけがえのないものですね。

 

 さて、本題に移りたいと思いますが、本日は参議院議員選挙です。すでに投票を済ませた方も多いと思いますが、どのようなテーマに着目して投票したでしょうか。

 経済、消費税、社会保障、子育て、安全保障…。すぐ思いついただけでもこれだけありました。メディアにおける扱いで言えば、昨年の安保法制に関連し、与党を中心とした改憲勢力が3分の2の議席を獲得するか否かに大きな注目が集まっているように見えます。

 また、今回の参院選から有権者の年齢が18歳に引き下げられました。政治への無関心が問題視されている現在ですが、果たして有権者年齢の引き下げは、政治への関心を拡大させる契機となるのか、今後の課題として検討する必要があるでしょう。

 

 やや前置きが長くなりましたが、タイトルにあるように「投票率が上昇すれば良いのか」について考えていきたいと思います。

 

 昨今の傾向として、我が国の国政選挙投票率は非常に低いと言えます。それに対し、多くのメディアや有識者と呼ばれる人から若者まで、多くの人々が投票率の低下を憂いております。

 主張の中身は様々で、特に投票率の低い若者に対して、投票率の高い老人世代の要望が採用されやすくなる「シルバー民主主義」を警戒する意見や、自分たちの未来をきちんと考えて選択するよう(いわゆる責任と義務を果たそうと)呼びかけるものなどが多いようです。

 代議制民主主義において、国民が政治家に対して権利を行使できるのは(手続きの簡単さから言っても)選挙しかありません。選挙で選んだ政治家が不祥事を起こした際には、次の選挙で件の候補者に投票しないことで、責任を負わせることができます。これは元大阪市長で弁護士の橋下徹さんがよく述べている主張です。

 これに則れば、前東京都知事舛添要一さんの辞め方というのは非常に問題があります。なぜなら、舛添さんが政治資金を流用しホテル三日月に行ったことなどは、一般人が思っている都知事像に反して非常に「セコく」見えたとしても、現在の政治資金規正法からすれば合法だからです。

 法に反した行いをしていないのに、メディアスクラムを背景とした世論の圧力に屈し、辞任せざるを得なくなったことは、世論や大衆というものの移り気の速さとその恐ろしさを垣間見たような気しました。

 舛添さんは2年前の都知事選挙有権者からの付託を得たのだから、次の選挙で落選させるか、都民から署名を集めリコールするなり、合法的な手段によって辞めさせるべきでした。無論、辞任という手続きは合法ですが、辞任に至る経緯に少し疑問を感じました。

 世論という法を超越した「力」によって、政治家が辞任する流れがエスカレートすると、政治家は常に世論の目を伺い、国民の一時の感情に左右されかねなくなり、政治というものは非常に流動化した、不安定なものとなってしまうのではないでしょうか。

 ここで私が重要視していることは、有権者が選挙で政治家を選んだ以上、投票した自らも責任を果たす覚悟をもたなければいけないということです。

 私たちは感情をもった生物です。うれしいことがあれば喜びますし、悲しいことや怒りにその身を震わせることもあるでしょう。政治という営みに対しても、国民の心をつかむカリスマ性をもった人に、一時の感情で1票を投じることがあると思います。感情を否定するわけではありませんが、私たち有権者も、冷静に判断するリテラシーを身につけなくてはいけないのではないでしょうか。

 爆発的な人気を持った人物が登場したり、世論の追い風は発生した時などは投票率が向上するでしょう。しかし、当選後にその政治家や政権が、想定以上のパフォーマンスを発揮できなかったり、失策を重ねるようなことになってしまえば、元も子もありません。

 代議制民主主義を正しく機能させるためには、有権者が個別の政策課題を検討し、選挙のたびに候補者の業績や活動を判定することが重要になります。専門知識のない国民が、仕事や育児などで忙しいなかで、政策の勉強をすることは難しいでしょう。けれども、政治や社会に何らかの不満や要望を持っているならば、選挙という機会を無駄にしないでほしいと思います。政治家に倫理観や高潔さを求めるならば、私たち有権者もそれに見合った責任を果たしていかなければいけないでしょう。

 自戒の意味も込めて申し上げれば、世間で広く受け入れられているありがたい言説の中には、ややもすると、選挙で1票を投じさえすればいいという風にも聞こえるようなお話もあります。大切なのは、投票に至る過程でしっかりと考えることです。

 社会に関わるという気持ちをどうか捨てずに、多くに人々が政治に関わっていくことに期待を込めて。